TRAVELER'S JOURNAL

世界一周経験者による、本・旅・アートの記録

【BOOK】星を見た人生 ⑶ ーノラの場合

『ねずみ女房』を書いたゴッデンは、1907年にイギリスで生まれました。
この本を翻訳した石井桃子が生まれたのは、偶然ですが1907年。
そしてその前年、1906年に、ノルウェーの劇作家イプセンが亡くなりました。

イプセンは、社会劇の傑作といわれる『人形の家』の作者です。
奇しくもゴッデンも同じタイトルの児童書を著していますが、ここで紹介したいのはイプセンのほうの『人形の家』です。

芸がないですが、新潮文庫裏表紙にあるあらすじを、そのまま使わせてもらいましょう。

《小鳥のように愛され、平和な生活を送っている弁護士の妻ノラには秘密があった。
夫が病気の時、父親の署名を偽造して借金をしたのだ。
秘密を知った夫は社会的に葬られることを恐れ、ノラをののしる。
事件は解決し、夫は再びノラの意を迎えようとするが、人形のように生きるより人間として生きたいと願うノラは三人の子供も捨てて家を出る。》

と、まあ、婦人解放思想もりだくさんの、賛否両論の作品です。

* * *

ノラが家を出る際の、夫のやりとりを引用します。
夫が「夫と子どもたちに対する義務」を口にしたときです。

《ノラ: あたしには、ほかにも同じように神聖な義務があります。
ヘルメル(注: 夫): そんなものがあるものか。いったいなんだというんだ?

ノラ: あたし自身に対する義務です。
ヘルメル: お前は先ず第一に妻であり、母親であるんだ。

ノラ: もうそんなことも信じません。あたしは何よりも先に、あなたと同じように人間であると信じています、ーーいいえ、むしろ人間になろうとしているところだといったほうがいいかもしれません。
世間の多くの人たちはあなたのほうが正しいとするでしょう……
でも世間の言う事や本に書いてある事では、あたしはもう満足していられません。
あたしは自分一人でよく考えてみて、物事をはっきり弁(わきま)えたいと思っています。》

さらに、おまえは自分の住んでいる社会というものがわかっていないと罵る夫に、こう返します。

《はい、わかってはおりません。
でもこれからはよくわかるように、社会の中へはいって行ってみたいと思います。
その上で、いったいどちらが正しいのか、社会が正しいのか、あたしが正しいのかを、はっきり知りたいと思います。》

ノラ、よく言った!

社会の常識というものが、ある一定の人々には有利にはたらいていても、実質的に必要で正しいとは限らないということは、皆気づいています。
しかし正面きって、それが果たして本当に正しいのかと問いかけるのは勇気がいることでしょう。

子をおいて出て行くノラは、自己中心的ともとれます。
しかし、自分で人生を選択するという行為を、母親の義務、妻の義務とやらが止められるものでしょうか。
わたしはまだ30年も生きていないので、想像でしかありませんが、きっと押し付けの役割義務が吹き飛ぶくらいの焦燥や渇望なんて、生きてりゃいっぱいあるんでしょう?

ノラは、『ねずみ女房』のめすねずみが求めていたものと同じものを探すために、家を出た。
わたしはノラがその後の人生で「星」を見ることができたと信じますし、見られなかったとしても、やってみてダメなら納得できたと思います。


(⑷につづく) 

f:id:traveler-nao:20171023151723j:plain(良書が並んでいると、うーん「インスタ映え」するなあとしみじみ。インスタやってないけど)

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【DIARY】わが家の選挙模様

うちの家は祖母(80代)・父(60代)・母(60代)・私(20代)の4人家族。政治的意見はみなバラバラです。

完全に右派・外国人嫌い・政治は男にまかせよという主張の祖母、そこまで偏ってはないけど保守の父、時々によって揺れ動く母、リベラルなわたし。

わたしは以前特にこだわりもなく、比例は保守、小選挙区はリベラルなどとコウモリのような投票をしていましたが、最近ふと気づいたら、今の日本はクレイジーではないか? という考えが強くなっていました。

勝ち組のはしごを降りると、地べたには理不尽も不平等もごろごろしている。
また、旅で訪れたアジアやアメリカを思い出し、それらの国と日本との関係を、自分なりに考えるようになったからかもしれません。

そんなわけで、ワイドショーを見ながらわたしと祖母が言い争い、母の浮動票を自陣営に取り込もうとすることもしばしばです。

現状投票先未定の母も、これまで保守への投票率が高かったことを考えると、わが家における保守とリベラルの比率は3対1。

しかし。

高齢の祖母は選挙に行くのを億劫がり、父も体調が優れず投票に行けるかは不明。
この2人が投票しないとすると、母が保守政党に入れたとしても、投票結果でみれば1対1。
おおっ、わたしの1票はけっこう重い!

こうして世代交代が行われていくのだと、なーんか実感した次第です。

***

しかし一方、いっそ主義主張はどうでもいいから、とにかく女性の議員が増えてほしいとも思います。

日本のジェンダー・ギャップ指数の赤面ものの低さ(144か国中111位。2016年10月21日日経新聞)には、思わず

日本って「先進」国じゃなかったっけ?

と言いたくなりますし、政治だけでなく、三権全てに女性の存在が増してほしい。

たとえば夫婦同姓についての訴訟、一昨年の冬にでた最高裁判決は、夫婦同姓は合憲という結論でした。

しかし、夫婦同姓は違憲とした裁判官も、15人中5人いました。
そして女性裁判官3人は全員、違憲と判断している。

当事者か否かで見える景色は違ってくることでしょう。
今回の選挙にもくっついてくる最高裁裁判官の国民審査、わたしはこの判決文を思い出し、「この人確かこんな意見を出してたな」などと考えながら、小さな用紙を見つめるのかもしれません。

とにかく、ぜーんぜん女性が活躍してないオッサン臭い内閣も、既得権益の利益代弁者もみたくない。
地べたの生活に共感を抱く人を望んで、わたしは一票を投じます。

 

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ニューヨーク近代美術館、アメリカの画家ワイエスの代表作〈クリスティーナの世界〉。足に障害のある女性の視点で見る「世界」に、ハッとさせられた)
 

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【BOOK】星を見た人生 ⑵ ー生がぎらりと光るとき

わたしが『ねずみ女房』という絵本で一番美しいと思うのは、めすねずみが「星を見た」場面です。
この瞬間のことを何と形容していいのか、自分ではうまい表現が浮かびません。

しかし、茨木のり子の詩に、まさにこの瞬間を言い表している言葉を見つけました。

《世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう

……中略……

〈本当に生きた日〉は人によって
たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ》
(「ぎらりと光るダイヤのような日」より)

めすねずみが「星を見た」瞬間とは、まさに「本当に生きた」と感じられるような、「ぎらりと光」り輝く一瞬だったと思うのです。

* * *

さて、⑴の冒頭にあげた不倫問題について触れましょう。

不思議の国のアリス』をはじめ多くの絵本や児童文学を翻訳している、作家で翻訳家の矢川澄子は、『わたしのメルヘン散歩』という本のなかで、『ねずみ女房』についてこう述べています。

《これはもう堂々たる姦通讃歌ではありませんか。》
《ひょっとするとこれは、どんなポルノ番組やH漫画よりもはるかに深甚な影響力をもつ破壊的文書かもしれません……》

わたしも『ねずみ女房』は、良き妻良き母という、日本の家庭で長らく女性に求められ押し付けられてきた道徳規範に一石を投じる本だと思います。

めすねずみは恋をしている。
ただし、はとに対してではなく、自分を囲いこんでいる生活の、その外の世界へ恋情に見えます。

まあ、この本でめすねずみははとにキスされており、相手方からの不意打ちとはいえ、

えっと「一線」こえちゃった?

という状況なんですが。
チューがセーフかどうかについては、渦中の議員にでもきいてみたいところです。

いずれにせよ、めすねずみははとという夫以外の異性にではなく、はとを通してみた「窓の外の世界」に、胸が締めつけられるような憧れを抱いたのでしょう。

矢川澄子は『ねずみ女房』を、不倫の本だと糾弾したいわけではもちろんありません。
考察はこう結ばれています。

《遠くを見つめる目をもつものともたないもの。
何かを知ってしまったひととしらないひと。
……ゴッデンのいちばん描きたかったものは、この奥さんの知恵の悲しみ、強者の孤独みたいなものかもしれませんね。
奥さん(注:めすねずみのこと)の思いを知るひとは、奥さんのほかにはだれもいないのです》

「星を見た」という、その後の人生にまで沁みとおる強烈な体験が、ほかの人間(というかねずみ)には理解されない「孤独」といわれると、うーん、たしかにそうかもと思いました。
「〈本当に生きた日〉は人によって たしかに違う」のですから。

* * *

めすねずみは「星を見た」あと巣に戻りましたが、反対に、「星を見る」ために家を出る女性が描かれている作品もあります。
ノラという女性を、次に紹介したいと思います。

(⑶につづく)

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ニューヨーク近代美術館フリーダ・カーロの自画像。この人もいろんな殻を突き破って、星を希求したんだろうなあと思う)

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