TRAVELER'S JOURNAL

世界一周経験者による、本・旅・アートの記録

【BOOK】豊かさとは何か? ⑶ ー子どもたちがみたセルビア

『豊かさとは何か』には続編があります。

2003年発刊、同じ岩波新書の『豊かさの条件』。
この本では、日本の教育の問題点や、著者が参加しているNGO活動での知見がまとめられています。

* * *

本書の中でわたしが印象的に感じたエピソードは、著者がドイツの教師に「いい学校とはどんな学校か」とたずねたときのこと。
ドイツの教師はこう答えたそうです。

《規則のない学校でしょう。
……
はじめから規則で管理され、罰則で従わされるのでは、自主的な判断は育たないし、罰のないところへ行けば思慮のない行動を無自覚にとるのではありませんか?》

そもそも教師の状況が、「日本の教師のように、指導要領にしばられ、授業の月案、週案、時間ごとの案を事前に校長に提出して検閲を受ける義務はない」そうです。

また、教育でも社会でもよくよく耳にする「協調性」についての著者の意見は、胸に刺さります。

《日本で、わがままと思われることは社会から排除されることを意味する。
しかし、多くの個性の中には、自分で納得できないことに対して、まあまあ、と妥協したり、あとでまた、と先送りできない人間もいるのだ。》

《協調性といえば聞こえがいいが、日本の社会(とくに企業)に、これほどまでに協調性が強調されるのは、効率性にとって、異議を唱える人がいない方がよいということではないか。
……
もし、協調的な人ばかりいたら、誰が過ちを正し、誰が社会を改革するのか。》

わたし自身、慣例と協調を優先したために犯してきた数々の不誠実を思うと、耳が痛いことばです。

余談ですが、昨今は夏休みの宿題の完成品がネットで売れる時代だそうですね。
親は仕事で忙しく、子どもは塾で忙しく、なんだか悲しい現象です。

で、ワタクシ昨年はいろんな国をフラフラし、日々自由研究したようなもの。
今年の夏休みは終わってしまいましたが、来年用に買っておきたいという方には以下の研究結果をご提示できます。

「世界一周旅行による損失: 生涯賃金と年金受給額の下り幅の研究」「高温多湿地域における便の態様の変化: 人体への影響とその解決策」「パッタイの具に関する一考察:豆腐状の黄色い物質は何か」などなど。

価格は要相談。「優」がもらえること間違いなし!

* * *

同書で著者は、人間が助け合う「互助」に希望を探ろうとします。
その実例として、著者がかかわるNGOの活動についてもページがさかれています。

1991年から始まったユーゴスラビアの内戦。
「どの民族にも虐殺があり、どの民族の指導者にも責任があったのに、唯一、悪玉にされたセルビアは、1992年6月7日、国連経済制裁を受け、9月には国連を追放され」た、まさにそのセルビアに、著者は大学の教え子や、阪神・淡路大震災で被災した子どもたちを連れて赴きました。

著者と一緒に物資が不足する病院を訪問した21歳の男性は、こう記します。

《……国連経済制裁の結果、子ども達が死ぬのは仕方がないとは言っていませんが、制裁で薬がなく、子ども達はこうして死んでいくのです。》

反対にユーゴの子ども達を日本に招いたときには、受け入れた日本の子どもがこう感想を残します。

《ユーゴの子ども達とディスカッションをしていた時、「今、欲しいものは?」という話題になり、日本の子は、「お金!」とか、「MDデッキ!」とか言っている中で、ユーゴの子は、「平和!」と言った。
平和……何て私たちには形のない言葉だろう。
この国に生まれて、私達は平和の意味も知らないままに、その中で生きている!
胸が痛かった。》

* * *

同書の中のNGOの活動に関する章は、専門的知見やデータを用いながら展開する前後の章とはテイストが異なるため、別の書籍にしたほうがまとまりがいいように思います。

しかし、この章がなければ、「豊かさ」が人間からたしかに発生するものとは感じられなかったでしょう。

わたしは昨年秋、セルビアの首都ベオグラードを訪れた際、NATO空爆の跡を見ました。
あれが何を意味していたのか、この本を読んで、やっと想像できました。

建物だけでなく、そこに住む人々の生活が破壊されたということ。
そこには老人も子どもも男も女もいるということ。
食べ物がなければひもじく、病にかかって薬がなければ死ぬこと。
「民衆」を構成する一人一人は、笑ったり泣いたりする人間だということ。
当たり前に、わたしたちと同じように。

読んでよかった。

 

【参考・関連書籍】
暉峻淑子『豊かさとは何か』(岩波新書、1989年)
暉峻淑子『豊かさの条件』(岩波新書、2003年)
村上春樹ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋、2015年)
酒井順子『子の無い人生』(角川書店、2016年)

 

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(サボテンを見るたび、メキシコで食べたサボテンタコスを思い出す。花よりタコス)

 

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