TRAVELER'S JOURNAL

世界一周経験者による、本・旅・アートの記録

【ART】ジャコメッティとパリを想う ⑴ ー彫刻がまとう空気

先日六本木の国立新美術館で、ジャコメッティ展を見てきました。

ジャコメッティとは、1901年にスイスで生まれ、フランスで活躍した彫刻家です。
その作品の特徴は、ほっそながーい棒人間だということ。
好き嫌いが分かれそうですが、わたしはとても好きなんです。

* * *

今回の展示は、南フランスのマーグ財団美術館所蔵の彫刻を中心に、故郷のスイスの町やパリのアトリエのスケッチもあり、ジャコメッティの生涯の生活史に触れて構成されています。
マーグ財団美術館というのは、パリやチューリヒジャコメッティ財団とともに、世界三大ジャコメッティコレクションを持つ美術館の一つだそうです。

展示物のほとんどが彫刻とスケッチですので、色彩的には一本調子。
しかし内容はバラエティに富んでいます。

たとえば、極小サイズの彫像。第二次世界大戦中、いったん故国スイスのジュネーヴに戻っていたジャコメッティが戦後パリに持ち帰れたのは、マッチ箱に入った6体の像だけだったそうです。

2センチに満たない立像、でもザ・ジャコメッティな存在感です。

パリの街の人々をスケッチして作ったという群像は、初めて見ました。
3人がすれ違う瞬間を表した《3人の男のグループ》は、ゴッホの絵のタイトルじゃないけれど、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」という感じ。

また、日本の哲学者である矢内原伊作をモデルにした作品群も興味深い。

パリ大学に留学していた際に矢内原はジャコメッティと知り合い、以後、何度もモデルになったようです。
矢内原がジャコメッティのモデルをつとめた際には、

《ちょっと僕が身動きすると、一心に僕を注視して仕事をつづけていたジャコメッティは、大事故に遭遇したかのようにアッと絶望的な大声を出すのである。》

というほどの集中っぷりだったよう。

ジャコメッティが、カフェでささっと矢内原をスケッチした新聞や紙ナプキンも展示されていました。
これは矢内原が日本に持ち帰ったもののようで、見ているとパリで二人でお茶を飲んでいる光景が思い浮かびます。

* * *

絵画とくらべ彫刻というものは、何を基準にどう見ていいかわからない、と思っていました。

しかし画家の千住博は『ニューヨーク美術案内』という新書の中で、彫刻の見方についてこう言っています。

《「見る者が彫刻の周りにどれだけ深々とした空間を感ずることができるか」
これに尽きます。
作品が支配する空気の層が分厚ければ分厚いほど、その作品はよくできている。

……ジャコメッティやヘンリー・ムーアの作品の周りには近寄りがたい雰囲気がある。
空気の層が立ち入り禁止の区域を作っている。》

わたしはジャコメッティの作品は、真正面から相対して見るのが好きです。
向かい合って初めて、真摯で静謐な存在感を受ける。
見ているわたしも背筋がピンと伸びて、息をハッとのむ、そんな瞬間です。

女性の立像を前にすると、像自体は細くてシンプルなのに、だんだん観音菩薩のように見えてくるほどでした。

* * *

話は前後しますが、去年の11月、クロアチアの首都ザグレブのアートパビリオンでその作品を見たのが、わたしとジャコメッティとの出会いでした。

その展示は数点の彫刻とドローイングのみの小規模なものでしたが、紛争地域の映像と組み合わされ、暗い中浮かび上がる彫刻の人間たちの姿は、今でも鮮明に思い出すことができます。
何もかも削ぎ落とした、人間の精神のシンプルなかたちだった。

《ひとつの彫刻はひとつのオブジェではない。
それはひとつの問いかけであり、質問であり、答えである。
それは完成されることもあり得ず、完全でもあり得ない。》
国立新美術館 ジャコメッティ展解説より)

彫刻を見て泣けてきたのは、あとにも先にもそのときだけでした。
わたしはものすごい展示と出会えたのだと思います。

(⑵につづく)

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(展覧会グッズ売り場では「ジャ米ティ」とか「ジャコメッティー」などとして、日本酒や紅茶が売られていた。わたしならジャコとコメとティーで、ちりめんじゃこ茶漬けの素でも売りたいところ)

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