TRAVELER'S JOURNAL

世界一周経験者による、本・旅・アートの記録

【ART】ジャコメッティとパリを想う ⑵ ーカフェに集う芸術家たち

ジャコメッティはもちろん、はじめからほそながーい作品を制作していたわけではありません。

初期の作品を見ると、キュビスムもあり、シュルレアリスム運動に参加していた時期もあり、そんなふうにしながら、パリにアトリエをかまえ、紆余曲折を経て棒人間スタイルを生み出したようです。

ジャコメッティがパリにいたのは、ちょうどピカソシャガールやモディリアニや、とにかく大物がわんさか集まっていた20世紀前半。
国立新美術館の展示会場にもあるパリのアトリエマップを見ると、「へー、この画家とあの画家がご近所さんだったのね」などと芸術家たちの人間関係も垣間見えておもしろいものです。

で、パリといえばカフェ。
ジャコメッティも、カフェで友人とかたらうことが気晴らしだったようです。
芸術家同士のグループ活動や情報交換に、カフェという場が大いに用いられたのでしょう。

パリではありませんが、わたしは昨年10月バルセロナを訪れた際に、「クワトロ・ガッツ(4匹の猫)」という老舗のカフェに行きました。
ここにはピカソも通っていたそうで、大きな絵や食器、アンティークなインテリアがごちゃごちゃっと並べられています。

ピカソ、ミロ、ダリ、ガウディなど個性バクハツ型の芸術家を生み出したカタルーニャという土地にあるこのカフェは、コーヒーと文化の香りを存分に吸い込める場所でした。

* * *

さて、パリのカフェでの芸術談義といえば、フリーダ・カーロというメキシコの女性画家との関係で、おもしろいエピソードがあります(フリーダについては→メキシコの伝説的夫婦(TRAVEL NOTE)参照)。
ジャコメッティも一時期参加していたシュルレアリスム運動の芸術家たちについて、フリーダが言及しているのです。

シュルレアリスムとは、わたしのおおざっぱな理解では、第一次世界大戦で近代兵器による多くの悲惨を目にし、また体験した芸術家たちが、既成の価値観を破壊しようとダダイスム運動を起こし、それがパリに舞台を移して、夢とか偶然とか無意識の世界に重きをおいたシュルレアリスム運動になった……
つまり近代的合理主義はだめなんじゃないか、みたいな感じの運動のような気がするのですが、えっと、詳しくはちゃんとした本で見てみてください。

とにかく大戦を背景に、芸術家たちが新しい芸術のあり方を模索していた時期なわけです。

痛々しく激しい自画像を描くフリーダは、パリのシュルレアリストたちに呼ばれてはるばるメキシコからフランスにわたり、詩人アンドレ・ブルトンの家に泊まっていました。
当時のブルトンの仲間には、詩人アポリネール、画家マックス・エルンスト、ダリ、写真家マン・レイなどそうそうたる芸術家がいましたが、フリーダがニューヨークの恋人にあてた手紙には、こう書かれています。

《……連中はそのデンとした尻を何時間も暖めながら「カフェ」とやらに座り込み、「文化」「芸術」「革命」その他もろもろについて、いつ果てるともなくしゃべりまくり、我らこそ世界を救うものと考え、この上なく空想的ナンセンスを夢見、実現しっこない理論をつぎつぎと吐いては、空気を汚しているのです。》

おおお、爽快。

カフェで男たちがああでもないこうでもないと議論するのを聴きながら、シュルレアリスムの女神にまつりあげられようとしていたフリーダが「なんてばかばかしいのッ」と憤慨している様子が目に浮かびます。

なんせフリーダの夫は革命を芸術によって後押しした壁画の巨匠でしたから、スケールの違いを感じたのでしょう。
パリの芸術家たちが繊細すぎるように見えたのかもしれません。
ま、現代ニッポンでも、居酒屋で尻をあたため続けるだけの男に魅力は感じませんしね。

* * *

いずれにせよ20世紀初頭のヨーロッパはそうとうに鬱屈した状態で、それを打破し突破口を開こうと、画家たちには切羽詰まった感情があった。

そしてそれはシュルレアリスムに限らず、日本の浮世絵や、アフリカやオセアニアのプリミティブアートへの関心も、外部のより根源的な何かを取り入れようとした一連の流れの中にあるように思えるのです。

この時代のパリの芸術家たちは、それぞれ手法は違えど、時代性と個性を融合させていった。
だからこそ、ジャコメッティの作品からも、真摯なエネルギーを感じるのだと思います。


【展覧会データ】
ジャコメッティ
国立新美術館 〜2017年9月4日
主催: 国立新美術館、マーグ財団美術館、TBS、朝日新聞社

【参考・関連書籍】
千住博野地秩嘉『ニューヨーク美術案内』(光文社新書、2005年)
堀尾真紀子『フリーダ・カーロ 引き裂かれた自画像』(中公文庫、1999年)
ジャニーヌ・ヴァルノーピカソからシャガールへ 洗濯船から蜂の巣へ』(清春白樺美術館、1995年)

 

f:id:traveler-nao:20170907115709j:plain


(ワシントン、ハーシュホーン美術館; 日本の美術館は写真撮影不可だけど、海外はオッケー。六本木の展示ではこれと同じく《鼻》が展示されていた。わたしは鼻というより銃だと思った)

にほんブログ村 美術ブログへ
にほんブログ村